真山知幸ジャーナル

告知、執筆活動の記録のほか、書評、名言、偉人についてなど

ドラマ『僕のいた時間』を観てしまっているのだ

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「目標を見つける事が

 俺の目標みたいだな」

――ドラマ『僕のいた時間』より

拙著『不安な心をしずめる名言』では、ドラマや映画からの名言も取り上げている。ここでも、たまには偉人以外の言葉から。

なんだかこうして言葉だけ取り上げると、とんだ自分探し野郎の言葉みたいだけど、そうではなくて、ALS(筋萎縮性側索硬化症)が進行していくなか、それでも主人公は笑顔を忘れず、自分のできること、身体が動く範囲での目標を見つけて、それに向かって努力していく。また症状が悪化して、それができなくなると、新たな目標を見つけて、それに向かっていく……という意味合いで、出てきた言葉。

「あれもできない」「これもできない」と思うと絶望的な気持ちになるけれども、「あれもできる」「まだこれもできる」と考えることで生きる活力が沸いてくる。これは何も難病患者に限ったことではないだろう。前向きになれる言葉だ。

きちんと正座して観ているわけではないんだけど、なんとなくながら観しているうちに、結局観てしまっているこのドラマ。難病ドラマなんて展開読めるなあ、と思いながらも、先が気になるのは物語の運び方がうまいのではないかと。

ざざざと説明すると、突如、ALS患者となった拓人(三浦春馬)は、恋人の恵(多部未華子)に別れを告げる。難病であることを隠して……。いきなりフラられた恵は、拓人の先輩からの猛烈アプローチに陥落して、付き合い始めて、しまいにはプロポーズまでされるわけだけど、ここで拓人が実はALSに侵されていたことを知るわけです、そう、知ってしまうわけなんですね。

コレなんで知るかというと、恵は就職試験がなかなか決まらず、訪問看護の仕事をし始めて、受け持ちの患者にALS患者がいたと。そのALS患者と拓人がつながるわけなんですねえ。分かりますでしょうか、この説明で。

ワタクシが言いたいのは、この恵が拓人の病気に気づくシチュエーションがね、実に素晴らしいと思うのであります。右手しか動かなくなった拓人はそれでもなんとか今できることを、と電動車いすサッカーの練習に励むわけです。そんなある日、恵が担当しているALS患者が「観にいきたい」といったまさにその場所が、電動車いすサッカーの会場であり、そこで2人は再会するのですなあ。

素晴らしいのは、拓人も恵も、人生に絶望しなかったからこそ、再会できたということ。

もし拓人が難病に打ちひしがれて部屋にこもっていれば、電動車いすサッカーなんてすることもなく、恵と再会することはなかったでしょう。また恵も、さんざんな結果に終わった就職活動に、いきなりの恋人との別れというダブルパンチでやさぐれていたならば、訪問介護という目標を見つけることもなく、拓人に再会することはなかったでしょう。二人が前向きに生きた結果の一つが、この真実を知る再会へとつながったのであります。

とはいえ、この再会で、恵が「えー、なによ~。難病になったから別れようと言ったんだー!ちゃんと言ってよー!」と言って、拓人が「おーすまんすまん、なんか気を遣わせるのもあれかなと思ってさー、やり直そうぜ!」とすんなりいくわけもなく(当たり前だ)、これからまた紆余曲折あるわけで、また来週も観てしまいそう。

現実逃避はこのあたりにして原稿書きに戻りたいと思います、ええ、戻りますとも・・・(ドラマのあらすじの説明って難しいなあ)。