寂しい過疎の町でも日々はいつも新しい(『向田理髪店』奥田英朗)
北海道の寂れた炭鉱の町にある「向田理髪店」。
客は昔から知った顔ばかりだ。
店主の康彦は、一度は札幌に出て大学生活を送り、
そのまま就職したが、結局、家業を継ぐことに。
父のヘルニアがそのきっかけだったが、それだけではなかったことが、
物語を読み進めるうちに明らかになる。
短編が連作となっている本書は、
康彦の息子が東京から戻ってきて、
後を継ぎたいと言い出すことから始まる。
「おれは地元をなんとかしたいわけさ。
このまま若者がいなくなったら、苫沢はどうなるべ」
父としてはうれしい息子の申し出のはずだが、康彦は懐疑的だ。
東京から来た総務省の官僚やイベントプランナーが、
講演会で過疎地の可能性を語れば語るほど、康彦の違和感は増大するばかり。
聴衆の反感を買うのを承知で、ついに口火を切ってしまう。
「東京の人たちが、自分たちはこの先乗船するつもりもないのに、
地元の若者たちをおだてて、船にとどめようというのは、
なんか無責任じゃねえのかって、そういうことを思うわけです」
本書は、過疎地で起こるささやかなドタバタを描きながら(なかには大事件もあるが)、
そのなかで、生き生きと暮らす人々の姿を康彦の目線を通じて描く。
通りに人気がなくても、そこに暮らしがあれば、日々はいつも新しい。