夏の夜の親子丼
三島由紀夫、原敬、鳩山一郎らが愛した新橋の「末げん」の親子丼……には、
ほど遠いが、ふわとろ親子丼に挑戦。
親子丼は、太宰作品にもちょいちょいと出てくる。
『乞食学生』、『黄村先生言行録』では、こんな風だ。
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「親子どんぶりがあるかね?」と私の傍に大きなあぐらをかいて、落ちついて言い出したので、私は狼狽した。私の袂には、五十銭紙幣一枚しか無いのである。これは先刻、家を出る時、散髪せよと家の者に言われて、手渡されたものなのである。けれども私は、悪質の小説の原稿を投函して、たちまち友人知己の嘲笑が、はっきり耳に聞え、いたたまらなくなってその散髪の義務をも怠ってしまったのである。
「待て、待て。」と私は老婆を呼びとめた。全身かっと熱くなった。「親子どんぶりは、いくらだね。」下等な質問であった。
「五十銭でございます。」
「それでは、親子どんぶり一つだ。一つでいい。それから、番茶を一ぱい下さい。」
(『乞食学生』)
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一ばん近くの汚い茶店にのこのこはいって行って、腰をおろす。
「何か、たべたいね。」
「そうですね。甘酒かおしるこか。」
「何か、たべたいね。」
「さあ、ほかに何も、おいしいものなんて、ないでしょう?」
「親子どんぶりのようなものが、ないだろうか。」老人の癖に大食なのである。
私は赤面するばかりである。先生は、親子どんぶり。私は、おしるこ。たべ終って、
「どんぶりも大きいし、ごはんの量も多いね。」
「でも、まずかったでしょう?」
「まずいね。」
(『黄村先生言行録』より)
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茶店で親子丼、なんて出たんですね。
汚い茶店で出る、親子丼は確かに美味しくなさそうである。
今度は「末げん」まで足を伸ばすか。