あらゆる仕事は「つぼみ」である ―柳田國男の『海南小記』―
序文をどう書くか。
口火を切るのに、逡巡のない書き手は少ないだろう。
僕も序文には、毎回のことながら、心を砕くことになる。
たとえば、柳田國男はこんなふうに序文を始めた。
「ジュネヴの冬は寂しかった」
『雪国の春』と並んで、
柳田國男の名紀行文として知られる『海南小記』の書き出しだ。
『海南小記』は、柳田が南九州・沖縄へ旅したときの紀行文である。
その序文では、異国地から来て、
日本の民族について深く研究した
チェンバレン教授について書かれている。
すでに第一線から退いたチャンバレンは
ジュネーブで静かに隠居生活を送っていたのだが、
柳田もまたジュネーブに出張中であった。
本書が「ジュネヴの冬は寂しかった」と
始まるのはそのためだ。
柳田は自分の今回の執筆について、
序文でこんなふうに表現している。
「事業は微小なりといえども、
やがて咲き香う(におう)べきものの蕾(つぼみ)である。
歌い舞うべきものの卵である」
だからこそだろう、
この序文は、静かな筆致ながらも、
柳田の並々ならぬ意欲を感じさせるものになっている。
あらゆる微小な事業は、蕾であり、卵である。
花が咲き、鳥が舞う、その日まで、
慌てずにじっくりと取り組んでいけばよい。