真山知幸ジャーナル

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官僚はただ家に帰りたかっただけ!?『家庭の幸福』(太宰治)

なぜこの事実をマスコミは報道しないんだっ!!

……という憤りをネット上で読むことがあるが、それは単に「多くの読者に関心がないから」「視聴率がとれないから」だったりするのだけど、どうも陰謀論に持ち込みたがる人が多いようだ。マスコミを「マスゴミ」といい嘲る人のほうが、よりマスコミ情報に一喜一憂しがちな気がしてならない。

何かとマスコミ批判する人もいれば、何かと官僚批判する人もいる。それは、何も今に始まったことではないようで、太宰治の短編『家庭の幸福』の出だしはこんなである。

《「官僚が悪い」という言葉は、所謂「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐で、馬鹿らしくさえ感ぜられて……》

そう言っていた「私」だが、ラジオ放送で官僚の厚顔無恥な物言いに激怒。しかし、そこから想像を膨らまして、役人側の背景に迫ると、またその怒りは沈んでいく。そして、官僚が杓子定規で融通の利かない態度をとるのは、単に彼が「家族が待つ家に早く帰りたいから」かもしれないと想いを馳せる。

いや、官僚だけではない。すべての官僚的な気風は、家庭のエゴイズムから来ているのではないかと、この作品は訴えかける。つまり、何か大きな力が働いているわけでもなければ、何か都合の悪いものを隠しているわけでもない。ただ、官僚が家に早く帰りたいからではないか、そして、それは誰の気持ちにでもあるのではないか、という太宰の筆は実に鋭い。

そして、こう結論付けるのだ。

「家庭の幸福は諸悪の本」

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そういえば、「既得権益にメスを入れろ」という声はあちこちで上がるが、「オレの既得権益にメスを入れてくれ」という声は聞いたことがない。これも各人の家庭を守るためのエゴイズムから来ていることが多いのではなかろうか。

ちなみに、『家庭の幸福』は『ヴィヨンの妻』(新潮文庫)に収蔵されております。面白いですよ。

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)ヴィヨンの妻 (新潮文庫)
(1950/12/22)
太宰 治

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