「天才」は「努力の天才」を略したもの?
「努力だ。勉強だ。それが天才だ。
誰よりも三倍、四倍、五倍勉強する者、
それが天才だ。」
野口英世の言葉。若い頃の写真を載せてみた。
高校時代にサッカー部で、足達さんという、ろくに練習に来ない半分ヤンキーみたいな先輩がいたのだが、ふらりと来たときにドリブルが異様にうまい。試合の時には、足達さんを出すかどうかは、よく問題になっていた。熱心に練習に来ている凡人を出すか、不熱心な天才を出すか――。勝ちたい思いもあるだけに、顧問としても難しい判断ではあったろう。
でも、そんな足達さんがプロになるかといえば、全然そんなことはないわけで、世に出る天才は、やっぱりその分野にすさまじい時間をかけている。それは常人では考えられない打ち込み具合で、そういう意味では「努力している」ことになるんだろうけど、本人がそれを努力と意識しているかは、甚だ怪しいものである。
努力を努力と思わないほど、打ち込めることを見つける――。
それが、努力の天才への第一歩なのかなと思ったり。